長い歴史を経て誕生した英国の「議員内閣制」は、「権力の分立」ではなく、内閣を中心とした「権力の混合」にその神髄を見せることになる。 それは、フランスが革命によって王権を完全に打倒したように、また、王権そのものが存在しなかった米国のように、新しく立法、行政、司法というものを1から理論構成するという作業を経る必要がなかったという歴史的事実によるところが大きい。
この「権力の混合」は、制度上、内閣を中心とした高度かつ強力な権力の集中を可能にした。 「選挙による独裁」という言葉を紹介したが、英であったJ1世とJ2世は、生活の大半を母国ドイツで過ごしたし、また、英語もそれほど達者ではなかった。
このため、内閣が国王に変わって実質的に行政の責任を全面的に負うようになり、内閣の力は著しく伸長した。 ちなみに、1688年の名誉革命後しばらく、内閣を通じて王権が議会に影響を及ぼすことがないよう、内閣のメンバーは議会のメンバーを兼ねてはならないとされた時期があった。
歴史上の事実ではなく現在も続いていれば、英国も三権分立の原則を貫く国となっていたことであろう。 内閣のメンバーを議会から排除するという制度は、議会の側から否定された。
議会自身が、内閣のメンバーを議会に呼んで質問するのに不都合を感じたからでもあるし、行政に影響力を及ぼすには自らの仲間から内閣を選ぶことが現実的と考えたからのようである。 この辺りは、いかにも現実主義的な英国らしいところである。
ただし、現実には、下院のメンバー選定などにおいて国王や議会の影響を受け続けた。 真に民主的な下院の実現には、新興ブルジョアジーの興隆、国民代表制度を改革した1832年の選挙制度改革法を待つ必要があった。
国の議員内閣制は、総選挙によって次の4〜5年間の権力者を生み出すためのシステムである。 それは、「お題目ではパンは食えない」という英国の現実性が現れた結果でもあり、強力な政府による生活の向上への現実的な要求とも言える。

ところが、同じく「議員内閣制」を採用している日本では、必ずしも、権力の極端な集中、「民主的独裁者」としての首相という状態にはなっていない。 日英両国の歴史的な背景の違いと言ってしまえばそれまでかもしれないが、仮に、我々がSやブレァのような「民主的独裁者」的な強い指導者を望むのであれば、本来制度的に権力の集中を内包している「議員内閣制」の本質についてよく理解しておく必要があろう。
さて、英国議員内閣制の根底にあるものは、「民主的」ということに対する信頼である。 英国では、「政策は民意を反映した政治家が決める」この当たり前すぎるほど当たり前のことが徹底されている。
このことは、日頃、民主的ということでは右に出るものがないと考えられがちな米国と比べるとよく分かる。 米国行政機構においては、各省庁のトップである国務大臣や長官などは、選挙によって選ばれた政治家ではなく、逆に、仮に上院議員や下院議員が指名されれば、彼等は議員としての身分を返上しなければならない。
つまり、選挙を経て民意を反映するのは大統領だけで、国務大臣や長官といった大臣レベルから末端の職員に至る政府全体が、その大統領によって雇われた、選挙という洗礼を一受けない官僚組織である。 どうしてこういうことになったのかと言えば、既に説明したように、理想の三権分立を指向したからだと思われる。
つまり、行政は立法府の決定を執行するだけだから、大統領さえ民主的に選べば、執行は役人で十分だということであろう。 ところが、実際は、20世紀を通じて行政は単なる執行機関を超えて、巨大な権力装置に育っていった。
この巨大な権力装置の中で、国民の声を背景にしているのが大統領だけで、外交や防衛、財政といった国民の生死を左右するような事柄について、国民の側からは、その責任者に対して、大統領を通じる以外に、何ら統制が及ばないというのは問題があるようにも思われる。 だからこそ、連邦議会の力が大きいということになるのであろうが、やはり、米国の制度には、民主主義とは逆の縁故主義がはびこる危険性が存在している。
例えば、K前大統領の下で、ヒラリー・K女史が、ヘルス・ケア政策の立案について強い権限を与えられたのなどはよい例である。 また、米国の政治は、大統領と数人の大統領補佐官などの側近によって取り仕切られているという面がある。

アメリカでは、各省の長官をメンバーとする内閣は憲法上の機関ではなく、内閣の意見を聞くか否かは大統領が決めるところである。 R氏は、「閣議を用いるか用いないかは大統領自身が決めることである。
閣議は、大統領が使いたいと望む時に大統領のために存在し、大統領は閣議を使えとも使うなとも迫られることはない。 閣議を生かすも殺すも大統領の判断である」と述べている。
実際、ウィルソン大統領は第一次世界大戦の開始を閣議に報告しなかったと言われるし、K大統領は「閣議は意味がない」と言って偉らなかった。 閣僚達の知らないところで、ホワイトハウスの大統領の側近達が重要政策を決定していく。
米国と比べると、英国はその現実的思考がなせるわざであろうか、行政という強力な権力装置について、それをコントロールするのは国民によって選ばれた政治家であるということが、大前提として全ての人の意識に、無意識のうちに強く根づいているように思われる。 外交政策を決定するのは政治家である外務大臣、防衛政策を決定するのは政治家である防衛大臣であり、経済政策を決定するのも政治家である大蔵大臣である。
その全ての決定について最終的には、やはり政治家である首相が責任を負う。 仮に政策が失敗であれば、選挙を通じて所属する政党の議席が減る危険があるし、大臣自らの議員としての地位すら危うくなる。
事実、1997年の総選挙では、マンネリ化した保守党の政策や腐敗に嫌気がさした有権者から、多くの閣僚がソッポを向かれ落選の憂き目に遭っている。 英国では、民意を反映しない民間人や元役人あるいは学者といった人達が、外交や財政や防衛・治安といった国民の生活を左右することがらを決定する立場に立つということは通常考えられないのである。
実際、役人のレベルで官民の交流は活発だが、閣僚のレベルでは、選挙の洗礼を受けていない民間人がポストを占めるという例は僅かしかない。 結局のところ我々は一票という力を持って政治家に対する異議申し立てをする権利を担保されているが、「民間人」に対しては、異議申し立ても出来ないからであろう。

「民間人」に異議申し立てが出来るのは、会社の社長であれば、その会社の株主あるいは従業員であるし、大学の教授であれば、その大学の学生でしかない。 更に、英国では、アメリ力のように一部の側近による政治が行われることに対する不信感も相当のものがある。
私が英国赴任中、マスコミでは、「ダウニング・テン(首相官邸)のホワイトハウス化」ということがしきりに取り上げられていた。 つまり、首相官邸が、ホワイトハウスのような一握りの政府高官によって支配される場所になりつつあるということである。

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